うさぎハウスが写真主体のサークルでないことは確かですが、どういう娘がバニっているかのビジュアル情報として、写真も重要な情報伝達手段です。また、写真撮影会についても、「バニーを撮りたい」というカメラマンの需要があり、モデルをやっても良い(やりたい)という供給もあり、そういった行事が今まで世間にあまりなかったということであれば、せっかくですからバニーで活躍できる新しいジャンルを確立させたいという気持ちもあります。
それについて、「趣味で楽しくやっている同人サークルなのに、写真撮影会や写真集をやるのはよろしくない。女性が容姿で差別されてうさぎハウスの主旨が損なわれる」などのもっともらしい(?)突っ込みには、今後翻弄されないことにします(きっぱり☆)
だいたい、撮影会モデルが本当に「容姿」という薄っぺらな資質で価値を持つのであれば、かえって苦労しませんよ。その他色々な要因が絡まって「価値」を決めているのです。たとえば、アクセスがいいか(撮影場所にどれだけ近い)どうか、自由な時間がどれだけ取れるか、親や彼氏の了承が取れているか、どれだけ自分で責任が持てるか、表現力(これがけっこう重要です、それによって写真にストーリーやドラマが出ます)があるか、NG事項がどれだけあるか、協調性や機転はどうか、知名度はどうか、場の雰囲気を作れる能力があるかとか…。
ましてや、撮影会以外の「うさぎハウスのバニー」となれば、勝負できるのは本当に「本人のキャラクタそのもの」となってきます。逆に、キャラクタさえしっかりしていれば(別名、芯が通っているとも言いますね☆ 本人が自分を客観視できて、その自分を等身大で好きでいれる状態です)、容姿なんて大きな基準ではないんです。妙なところに「みんな仲良し」を持ち出すのは、実力の底が知れている弱虫の常套手段。これは「偽の平等主義」なんですよ☆ そういう人に限って、みんな平等とか口では言いつつ、誉められると有頂天になり、容認して貰えないと不安になったりします。結局、比べているんですよね、自分と他人を。キャラクタが立っていれば比べる必要もないのに…。
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